なにを伝えたいんだろうな

僕は子どもになにを伝えたいんだろう。親としての自己満足だけど何かを残してあげたいと思う。魚ではなく魚の釣りかたというのは有名な話だけれど。

 

最近子供の失敗にどう対応するか考える。例えば食事中に食べ物をこぼした時叱る。曰く「こぼさないように、食べなさい」「そんな食べ方だからこぼすんだ」「集中して食べなさい」まぁ当たり前のようにいう言葉だと思う。大人からしたら造作もないことで当たり前のことなんだけど子どもにとっては当たり前でもないし、こぼさないことに意義を感じないという程度の話もある。どこまでを行儀が悪いと思うのかも実はかなり主観だ。

 

最初に戻って、じゃあ僕は子どもにどうなって欲しいだろうか?色々考えてみたら「こぼさない人」よりも「こぼしても大丈夫な人」になってほしい。親の保護下にいる特権は尻を親が拭けることだ。だとしたらどんどん失敗をしてどうしてそれに対応するかを体験して欲しい。むしろ尻の拭き方を教えることか。。。

 

こぼさないやり方を一方的に教育するのは簡単なんだけど過ぎると噛み砕かなくなる。大人から見たいい子を作ることは大人は楽になるけれど後が大変になる気がする。水をこぼさない子よりも、こぼしても自分で吹いて新しい水を汲んで来れる子になってほしい。

 

じゃあ実際どうしよう。こぼした行為を必要以上に叱らない。後始末のやり方を怒らず冷静に問いかけ考えさせる。自分でどうするか言わせて実際やらせる。やり方を間違っていると思う時は怒らずアドバイスする。根気よく続けるしかない。

 

大人になると出来なかったこと忘れてしまう。子どもの世界は思っているより狭い。その世界に降りて出来ない世界観で子どもたちの能力今できることを一緒に考えてあげることができたらいいなと思う。