ぼくたちと駐在さんの700日戦争


http://700days.blog69.fc2.com/

 いわゆるネット小説です。何故か普段読んでいるbarのブログでおすすめされていたので開いてみたら一気に読み尽くしてしまいました。タイトルからも「ぼくらの7日間戦争」を連想させますが内容的にもそんな感じのノリです。ノンフィクションという形になっていますが本当のところはどんなもんでしょうか。一気に読ませる力はありました。

 内容に関しての云々は別としてこういった形での作品の発表形式を見ているとクリエーターにとっては本当にいい時代になったのかなと思う。少なくとも見かけ上のコストはほぼ0に近い状態で作品を世の中に流通させることが出来る。もう一つは書きながら読者の反応をダイレクトに感じられる。後者は逐次連載を小出しにしていると善し悪しな面もあるだろうが。

 blogブームをきっかけとして掲示板やblogなどからの書籍化が相次いでいる。話題になった物を書籍化することで販売側はある程度の実績を見込める寸法だ。逆に書籍化までの流れ自体を出版側が仕込んでるような疑惑もちらちらでている。まぁ私はおもしろければ別に自然発生的でも仕掛けでもどちらでも良いと思う派だが・・・

 販促の話はともかく従来の本と違っておもしろいと思うのは作者だけでなく読者自体も作品の一部になり得るという事である。電車男にしてもそうだが当人以外の多数の2chネラーのレスの複合体が物語を形成しているし今回の「ぼくたちと駐在さんの700日戦争」も作品に対するコメントも書籍に掲載するようである。少し前に話題になった「姉の詩集」も詩そのものとそれを見た人たちの反応そのものが読み物になっている。(この詩集は著作権等の関係でコメントは掲載されず詩そのもののみ、コメントがない詩に作品としてどの程度の価値が付くのかは興味深い)

 文学と言われるジャンルは今まで本という媒体に縛られてきたと言えるだろう。いわゆるIT革命(今や死語だな・・・)といわれるものによってその呪縛は少し緩んだのでは無いだろうか?確かに質的に見るべき物は少ないかもしれないが母数が大きければそれなりの数の見られる物がでてくる。2chなどに見られる掲示板のスレッドは一種即興の演劇のようなものである。いわゆる釣りといわれるのはフィクションかノンフィクションかという程度でしか読み手には影響しない。単なる読み物として考えれば真実かどうかというのはあまり問題にはならない。

 多分こういった事は該当する時代には大衆娯楽としか見られないし、洗練もされないだろう。ただいまの時代に残っている物も大衆娯楽から発展したものが多いことを考えると100年後ぐらいには何らかの形で表現の一手段になっているんじゃないかと妄想する。

 そういう視点からのいわゆる小説での仕掛けというのはあまり見ないがだれかプロデュースしないだろうかな?まぁクリエイターは自分を表現したいのであって大衆迎合したいとはあんま思ってないかな・・・