私にとって撮るということ

 先日高月町のふるさと祭りへ。去年は同日岡山に行っていたので今年こそは参加してみようということで。高月町は観音の郷といわれるぐらい、狭い町の中に観音様がまつられている。それらの中から24カ所が無料公開されていた。スタンプラリーもかねて全てを回ることにした。

 普通では考えられないのだけれど、いくつかの秘仏は撮影可能になっていた。カメラを持っていたのだけれど、それらを意欲的に撮ろうとはどうしても思えなかった。もともとカメラが好きではない。画像という形で残すよりも、自身がもっと集中してその時を一期一会で楽しめば良いと思うから。

 じゃぁ私は今、何のためにカメラで写真を撮るのか。記録ではなく絵を描くような感覚なのかなと思う。視点の再発見なのか、それとも沢山の中から切り取ることが快感なのか。見に行った観音様を写真に撮ることは私からしたら、ただあるものを撮っているだけで私の視点がみつからないのだろう。多分それがあれば猛烈に撮りたいと思ったに違いない。

 たまに町中などをぼんやり歩いているととても面白い視点に出会うことがある。普段からカメラを持ち歩いていればなぁと思いつつそこを立ち去る。それを観光するかといえばそういった類のものではない。いまいち何がトリガーになっているのか分らないけれど私にとって撮るということはそんな感じだ。